第23代横綱 |
大木戸 森右衛門 |
兵庫県出身 湊部屋 |
178センチ 125キロ |
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神戸生まれで大阪相撲二人目の横綱。
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吉田司家が横綱の申請を許可せず、大阪の協会は |
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大木戸を横綱に推挙して奉納相撲までやったので |
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司家が激怒し大阪の協会を破門しました。 |
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大正元年に和解の後、司家は横綱免許を出しましたが、 |
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翌年4月に脳溢血で倒れ半身不随となってしまいました。 |
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横綱として実績がほとんどないため化粧まわしの図柄 |
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の確認に苦労しましたが、資料協力をいただけまして |
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描き上げることが出来ました。 |
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第22代横綱 |
太刀山 峰右衛門 |
富山県出身 友綱部屋 |
187センチ 140キロ |
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45年1月に西ノ海に負けるまで43連勝し、そのあとも
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大正5年5月場所に栃木山に負けるまで56連勝という |
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偉大な記録を残し、谷風に次ぐ負けない横綱でした。 |
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この化粧まわしは大阪商船から贈られてポスターにもなり |
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ましたが、地球の上に乗った太刀山が右足でアメリカ大陸 |
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を踏んづけていたので当時物議をかもしたそうです。 |
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還暦の土俵入りもこの化粧まわしに赤い綱を締めました。 |
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